「ビールってどうやって生まれるんだろう?」——初めて醸造所(ブルワリー)を見学したとき、湯気と麦の香りの中でそう思いました。難しい専門用語も出てきますが、仕組みがわかると一杯がぐっとおいしく感じられると思います。ここでは、ビールの作り方(工程)をまとめてみました。
ビールの原料は4つ
ビールの基本はとてもシンプル。水・麦芽・ホップ・酵母の4つです(副原料を使うスタイルもありますが、まずは王道から)。
- 水:味の大部分。硬度やミネラルが苦味やキレに影響します。作るビールにより、水質の調整を行う事が多いです。
- 麦芽(モルト):大麦を発芽・乾燥させたもの。ビールの“コク”や“色”、そして糖のもと。大麦から自分達で発芽させるブルワリーもあるとか?!
- ホップ:香りと苦味の担当。投入のタイミングでホップの役割や香り種類(キャラクター)が変わります(早め=苦味、遅め=香り)。
- 酵母:麦汁の糖をアルコールと炭酸に変えるビールのコアとなる小さな働き者。上面発酵(エール)と下面発酵(ラガー)で性格が異なります。
図解:ビールができるまで

製麦/浸麦/発芽/焙燥
ビールの土台となる「麦芽」。生の大麦を水に浸す(浸麦)→発芽させ、酵素を目覚めさせます。その後焙燥(キルン)で発芽を止め、ローストする事により香味と色を決めます。淡色麦芽はすっきり、強く焙燥・焙煎した麦芽は琥珀~黒の色味やトースト、カカオのようなニュアンスに。
※麦芽に関しては麦芽の工程があまりにも大変なため、多くのブルワリーが麦芽を仕入れています。
ここで、後の“風味の設計図”がうっすら見えてくる感覚が好きです。
💡ここをこうすると?
焙燥を軽く:色は淡く、クリスプで軽い風味に。
焙燥を強く:琥珀〜黒に、トーストやカカオのニュアンスが出てコク深く。
麦芽粉砕
焙燥を終えた麦芽は殻(ハスク)を残しつつ中身を砕くのがポイント。殻は後の濾過で“天然のフィルター”になります。粗すぎると糖が出にくく、細かすぎると濾過が詰まる。ブルワリーのミル調整は職人技で、ここから味づくりが始まっている感じがします。
💡ここをこうすると?
粗め:濾過しやすく、仕上がりはクリア寄り。
細かめ:糖の抽出は増えるが目詰まりしやすく、ボディ感が出やすいことも。
仕込み
粉砕した麦芽に温水を合わせて“おかゆ状”にする工程。
この段階全体を指してマッシング(後述の糖化を含む)と言うこともあります。温度や時間のコントロールで、後のボディ(飲みごたえ)やキレが変化。ふんわり甘い穀物香が立ち上がる瞬間、いつもワクワク。
💡ここをこうすると?
水の比率を増やす:抽出は穏やかに、ライトで飲みやすい方向。
水の比率を下げる:しっかり抽出、濃密・力強い方向。
マッシュ(糖化)
糖化はビールづくり最大のハイライト。麦芽中の酵素(主にα/βアミラーゼ)が、デンプンを**発酵しやすい糖(麦芽糖など)と発酵しにくい糖(デキストリン)**に分解します。
「IPAの甘苦バランスが好き」「ラガーはスッと切れがほしい」——そんな好みは、実はこの温度設計から生まれているんです。
💡ここをこうすると?
低めの温度帯を長め:発酵が進みやすくなり、ドライでキレのある仕上がりに。
高めの温度帯:発酵しにくい糖(デキストリン)が残り、ボディ豊かで口当たりまろやかに。
段階的に温度を変える(ステップマッシュ):軽さとコクのバランス調整がしやすい。
伝統的なラガーのデコクション(一部を煮出して戻す):モルトの深みが増す。
濾過
糖化を終えた“もろみ”から、液体の麦汁(ワート)だけを取り出す工程。粉砕で残した殻がフィルターの役割を果たし、上澄みの麦汁を回収します。お湯をかけて洗い出すスパージングで糖を無駄なく抽出。クリアな麦汁は、そのまま煮沸工程へ(※本構成では省略ですが、実際はここでホップを加え、苦味や安定性を与えます)。
💡ここをこうすると?
ゆっくり丁寧:麦汁が澄みやすく、仕上がりはクリア。
勢いよく・温度高すぎ:渋み成分(タンニン)が出て、キレが悪く感じることも。
煮沸
濾過で得た麦汁をしっかり煮立てて殺菌し、不要な香り(DMSのもと)を飛ばし、酵素の働きを止める工程。ここでホップの苦味成分(α酸)がアイソメリゼーションと呼ばれる反応で溶け出し、ビールらしい骨格が生まれます。
💡ここをこうすると?
強め&しっかり時間:苦味がクリーンで明瞭に。DMSが出にくく、キレの良いラガー方向。
長すぎ・激しすぎ:色が濃くなりキャラメル感も増える一方、渋みや荒さが出ることも。
穏やか&短め:色は淡く、モルトのやさしい甘みが残りやすいが、DMSや雑味に注意。
ホップ投入
その名の通り、ホップを投入します。ただ、同じ“ホップを入れる”でも、タイミングと温度で役割がガラッと変わります。
💡ここをこうすると?
ファーストワートホッピング(煮沸の前):苦味は出るが角が丸い印象に。
煮沸の早い段階:苦味しっかり。骨格がキリッと引き締まる。
中盤:フレーバー(風味)が乗る。草っぽさ~ハーブ、ストーンフルーツなど。
終盤:アロマ重視。シトラスやトロピカルが立ち、苦味はマイルド。
ワールプール(煮沸後 80~90℃帯):青さを抑えつつ香りを豊かに。ヘイジーIPAの要。
ドライホップ(発酵中):香り付け専用のホップ投入。苦味はほとんど増えない。
冷却
煮沸後の熱い麦汁を、酵母が心地よく働ける温度まで一気に冷ます工程。感染リスクを減らすうえでも最重要。冷却中にたんぱく質などが固まるコールドブレイクが起き、清澄感にも関わります。
💡ここをこうすると?
素早く冷却:DMSの再発生を抑え、香りの抜けを最小限に。クリーンでフレッシュな仕上がり。
ゆっくり冷却:香りが逃げやすく、雑味や酸化のリスクが上がる。
狙う温度設定:エールは16~22℃前後でフルーティに、ラガーは8~12℃前後でクリスプに。
酸素供給のタイミング:冷却後に適度な酸素を溶かしてから酵母投入(ピッチ)。健全発酵=雑味の少ない味につながる。
発酵
冷やした麦汁に酵母を投じると、糖がアルコールと二酸化炭素に。
- エール酵母(上面発酵):フルーティで華やか、比較的高めの温度で短期に。ペールエールやIPAなど。
- ラガー酵母(下面発酵):クリスプでクリーン、低めの温度でゆっくり。ピルスナーなど。
💡ここをこうすると?
温度を上げる(適正範囲内):フルーティさが増す。
温度を下げる:雑味が減ってシャープに。
発酵中にホップを入れる(ドライホップ):煮沸せず香りだけを移し、トロピカルやシトラスがふわっと。時期や接触時間で、ジューシー〜草っぽさまで表情が変わる。
熟成
発酵でできた若ビールを落ち着かせ、角をとる時間。酵母や微細なタンパク質が沈み、味が丸くまとまります。ラガーではラガリング(低温熟成)が定番。エールでも温度と時間で印象が変わり、ブルワリーの“好み”が色濃く出るところ。タンクの前で「もう一日待つ?」と悩む——その小さな判断が、グラスの中の説得力に直結します。
💡ここをこうすると?
低温で長め(ラガリング):キレと透明感が増す。
樽熟成(バレルエイジ):バニラやウッディなニュアンスがのり、深みのある余韻に。
瓶/樽内二次発酵:きめ細かな泡と複雑な香り。
濾過や遠心分離を控えめ:濁りや滑らかさを残すスタイルに。
まとめ:工程を知ると、一杯はもっとおいしい
レシピはシンプルでも、温度・時間・投入タイミング・水加減の小さな違いが、香り、ボディ、余韻すべてを驚くほど大きく動かします。
「今日はホップの香りで選ぶ? それともモルトのコク?」——作り方のイメージが浮かぶと、クラフトビールの“選ぶ楽しさ”が増して、いつもの一杯がぐっと近く感じられます。次に飲むときは、タンクの向こうの手仕事を、ちょっとだけ想像してみてください。
