神戸のクラフトビールシーンが、ここ数年でじわじわ面白くなってきている。
もちろん、昔からビールを出しているお店はあるし、地元に根づいたブルワリーもある。
ただ、東京や札幌、大阪・京都みたいな「クラフトビールが飲める街」として見られていたかというと、正直まだまだこれからという感じもあった神戸。
だからこそ面白い。
神戸には、まだ決まりきっていない余白がある。その余白に、新しい色を落とそうとしているブルワリーがある。それが、Paint Palette Brewing。
今回話を聞いたのは、ブルワーの翔吾さん。
京都醸造やアメリカのヘルティックでの経験を持ち、クラフトビールの味だけではなく、「人がつながる場所」としての可能性を見ている造り手だ。実際に飲んでみると、Paint Paletteのビールは、いきなりドカンと派手にくるタイプではない。ただ、飲んでいるうちに「これ、ちゃんと考えて作ってるな」とじわじわ分かってくる。
飲みやすい。
でも、薄くない。
やさしい。
でも、退屈じゃない。
この感じが、神戸でクラフトビールを広げていくうえで、かなり面白い立ち位置になりそうな新進気鋭のブルワリーPaint Paletteにインタビューをしに行った。

Q. 正直に言うと、最初にPaint Paletteのビールを飲んだイベントでは、“ライトで飲みやすいブルワリーなのかな”くらいの印象だったんです。でも今回ちゃんと飲ませてもらって、だいぶ印象が変わりました。特にヘイジー。あれはかなり面白かったです。
ありがとうございます。
そう言ってもらえるのは嬉しいです。
自分では、自分のことをそんなに面白い人間だとは思っていないんですけど、ビールの中で狙っているところを感じ取ってもらえるのは、すごくありがたいですね。
Paint Paletteのビールは、ただ飲みやすいだけにはしたくないんです。
でも、クラフトビールをまだあまり飲んだことがない人が飲んで、「もう一回飲んでみたいな」と思える味にはしたい。
そこはかなり意識しています。
Q. その“飲みやすいけど、ただ軽いだけじゃない”感じが、今回すごく見えました。特にライ麦を使ったヘイジーは、ヘイジーらしいホップ感があるのに、最後に甘さがベタッと残らない。あれ、けっこう珍しいバランスだなと思いました。
あのヘイジーは実は、オーツ麦の代わりにライ麦を使っています。ヘイジーIPAって、オーツ由来の丸い口当たりとか、甘い余韻が魅力になることも多いと思うんですけど、自分はその最後に残る感じが少し苦手なところもあって。
ライ麦を使うと、ボディや口当たりは出せるんですけど、オーツとは違う抜け方になるんです。ただ、ライ麦の香ばしさを前に出したいわけではないんです。あくまで全体のバランスを整えるために使っています。
Q. そこか!めちゃくちゃ面白かったんですよ。ライ麦って聞くと、もっと“ライです!”みたいな香ばしさとかスパイシーさが前に出るのかなと思うじゃないですか。でも飲んでみると、全然ライライしてない。ちゃんとヘイジーなんだけど、後半がスッと切れる。それでいてボディーが無いわけでもなく、かなり好きでした。
ありがとうございます。
ライ麦の個性を見せるというよりは、液体全体の構成を整えるためですね。 ヘイジーらしいホップ感はありつつ、最後は重く残らないようにしたいんです。
香りとか甘さがずっと残ると、そこで満足してしまうこともあると思うんです。でも、飲み終わった後に「もう一杯いけるな」と思えるかどうかは、自分の中ではかなり大事にしているところなんです。

Q. いわゆる“ホップジュース感”はちゃんとあるんだけど、飲み終わりが重くないんですよね。ヘイジーをよく呑む人間から見ても、これは夏場とかかなり良さそうだなと思いました。ゴリゴリのヘイジーが好きな人でも、“今日はそこまで重い気分じゃないんだよな”って日にハマりそうですし、マジで夏に行けちゃうヘイジーですね。
そういう飲まれ方をしてもらえるのは嬉しいですね。ヘイジーだからといって、必ず甘く重くしたいわけではないですし、苦味も完全になくしたいわけではありません。
でも、苦味が強く残りすぎると、それはそれで飲み疲れする。
丁度その間のところを探している感覚です。
Q. Paint Paletteのビールって、全体的に“オールドスタイルが好きなんだろうな”というのは感じるんです。でも、そのまま昔のビールをやっているわけじゃない。ちょっと今っぽいんですよね。そこは意識していますか?
そこはかなり意識しています。
オールドスタイルのビールは好きですし、そこにある良さは大事にしたいです。ただ、新しいブルワリーとしてやっていく以上、昔ながらのスタイルをそのまま出すだけでは難しいとも思っています。
歴史のあるブルワリーには、長年積み重ねてきた信頼や文脈があります。そこに新しいブルワリーが同じようなビールだけで入っていくのは、やっぱり難しい。
だから、クラシックな良さは持ちながらも、今飲んで面白いものにしたい。そこは自分の中でも大事にしている部分です。
Q. そうですよね。オールドスタイル一本で戦うには、もう大御所が強すぎるじゃないですか。だからこそ、Paint Paletteは“昔っぽいけど古くない”みたいな場所にいるのが面白いなと思いました。ちなみに、翔吾さん的に「Paint Paletteの入口としてまず飲んでほしいビール」はありますか?
ペールエールの「Whispering Stream」です。
クラフトビールに慣れている人ほど、IPAやヘイジー、ハイアルコールのビールに目が行きやすいと思います。 でも、ペールエールのようなシンプルなスタイルこそ、ブルワリーの考え方が出ると思っていて。
香り、苦味、ボディ、飲み疲れなさ。その全部のバランスをごまかせないんです。
だから、Paint Palette Brewingの入り口としては、まずペールエールを飲んでもらえると嬉しいですね。

Q. もうひとつ印象に残ったのがファームハウスです。僕はあれ、かなり好きでした。フェノール感はあるけど、全然暴力的じゃない。ずっと口の中に残る感じじゃなくて、スッと切れる。本当に、AWAAWAの風呂上がりにも良さそうだなと。
ファームハウスは、自分でも好きなスタイルです。ただ、「セゾン」とはあえて書かないことがあります。
セゾンと書くと、ビール好きな人はどうしてもベルジャン酵母由来の香りとか、いわゆるセゾンらしさを期待すると思うんです。もちろんそれは魅力なんですが、その香りが強すぎると、ビール単体で完結してしまうこともある。
料理と合わせたり、初めて飲む人が自然に楽しんだりするには、少し難しくなる場合もあります。
Q. なるほど。“セゾン”って書くと、飲む側も勝手に構えますもんね。セゾン香を期待してしまうし、逆に苦手な人はその時点で避ける。ファームハウスって言葉の方が、ちょっと余白がありますよね。
そうなんです。
「ファームハウスって何ですか?」と聞かれたら、「セゾンみたいなものですよ」と説明できる。そのくらいの緩さがある方が、スタイルとして強く先入観を持たれすぎずに飲んでもらえるのかなと思っています。
ビール自体の奥行きもありますし、地域の素材や他の会社とのコラボとも相性がいい。そういう意味でも、ファームハウスは自分の中で大事にしていきたいスタイルです。

Q. その“余白”みたいな考え方は、Paint Paletteという名前にもつながっている気がしました。いろんな色があって、その中にビールがある。名前の由来を聞いてもいいですか?
名前の由来は大きく2つあります。
ひとつは、ビールの原材料を組み合わせることを、絵を描くような行為として捉えていることです。モルト、ホップ、酵母、水、時には地域の素材。それらをどう重ねるかで、まったく違うビールになる。
もうひとつは、クラフトビールには人をつなげる力があると思っていることです。クラフトビールを通して、思わず絵に描きたくなるようなシーンをたくさん作りたい。
そういう思いがあります。
Q. その話を聞くと、Paint Paletteって単に“ビールの色”とか“原材料の組み合わせ”だけじゃないんですね。人とか、場所とか、その日そこにいるお客さんまで含めてパレットになっている感じがします。
そうですね。
固定された景色ではなく、日によって違う景色がある場所にしたいんです。
ある日はクラフトビール好きが集まって話している。
別の日には、近所の人がふらっと来て一杯だけ飲んで帰る。
時にはママ友の集まりがあって、また違う空気が生まれる。
でも、そのどの景色の中にも、クラフトビールが自然にある。クラフトビールが主役になりすぎるというより、その場の情景の中にポツンと置かれている。 そういうブルワリーを地域の中で作りたいと思っています。
Q. そこがすごく神戸っぽくなる可能性があるなと思いました。神戸って、京都や大阪みたいにクラフトビールの文脈がガチガチにでき上がっているわけではないと思うんですよね。だからこそ自由でもある。翔吾さんが神戸を選んだ理由も、結構はまってますね。
もともとは全国で物件を探していました。博多や横浜など、ビールの市場として可能性がありそうな場所も見ていました。
ただ、自分は東京のようにすでにマーケットが出来上がっている場所よりも、これから変わっていく可能性のある街でやってみたいという思いがありました。
神戸には、その余白があると感じたんです。

Q. 神戸はクラフトビール好きからすると、少し前まで“不毛の地”みたいに言われることもありました。でも逆に言うと、まだ形が決まりきっていない。そこに入ってくる面白さはありますよね。
不毛と言われることもありますが、ブルワリーの数で見れば、兵庫にはもともと一定数のブルワリーはありました。ただ、地元消費に近い形だったり、全国に広がっていく印象はそこまで強くなかったのかもしれません。京都醸造にいた頃、京都でクラフトビールが少しずつ広がっていく過程を見ていました。最初は限られたビアバーだけだったものが、ホテルやクラフトビール専門店ではない飲食店にも広がっていった。
その経験があるので、神戸でも時間はかかると思いますが、広がっていく可能性はあると思っています。
Q. 京都と同じスピードではないけど、神戸には神戸の広がり方があると。個人的には、三宮だけじゃなくて、芦屋、西宮、尼崎あたりまで含めた阪神間でクラフトビールが広がると、かなり面白くなると思っています。
京都はインバウンドも多いですし、観光地としての強さもあります。神戸が同じようなスピードや規模で広がるとは思っていません。
だからこそ、今の小さい規模でやっています。少しずつ知ってもらって、神戸だけでなく、芦屋や西宮、尼崎といった阪神間のお店にも置いてもらえるようになればいいなと。ワインを置いているお店に、たまにうちのビールがある。クラフトビール専門店ではない場所で、自然に飲んでもらえる。
そういう姿は、決して想像できない未来ではないと思っています。
僕は東京出身です。こういうのってUターンが多いと思うんですよね。ただ、東京は黙っていても元気な場所というか、すでに中心にある街だと思っています。自分はそこから少し外れた場所で、クラフトビールを通して、どういうコミュニティを作れるのかに興味がありました。
ビールの味そのものももちろん好きですが、それ以上に、クラフトビールが持っている“人をつなげる力”に魅力を感じて、この世界に入りました。人脈もつながりもない場所で始めて、それでも地域の人やお店に応援してもらいながら形になっていく。
それは、今まであまりなかったクラフトビール会社の立ち上げ方かもしれません。そこに挑戦する面白さはあると思っています。

Q. 最後に、Paint Palette Brewingを今後どんな場所にしていきたいですか?神戸のクラフトビールシーンの中で、どう見られたいかも含めて聞きたいです。
一つは、僕のビールがクラフトビールの入り口になったら嬉しいです。
うちのビールを飲んだ人のうち、たとえ1%でも「クラフトビールって面白いな」「他のビールも飲んでみたいな」と思ってくれたら、それはすごく嬉しいことです。
あとは、三宮から東側、阪神間の中で、クラフトビールがもう少し身近になるきっかけになれたらと思っています。
神戸だけではなく、芦屋、西宮、尼崎あたりに住んでいる人にとっても、クラフトビールに触れる入口になれたらいい。
ゆくゆくは、西宮北口のような、まだクラフトビールがそこまで浸透していない場所に、ビアスタンドのような形で展開することもやってみたいです。
“ビール好きだけの場所”ではなくて、“ビール好きになる前の人”も自然に入ってこられる場所。そこがPaint Paletteの面白さかもしれませんね。Paint Paletteの作りだすクラフトビールというコミュニティーの形成。
ビール好きだけのためではなく、でもビール好きが飲んでもちゃんと楽しい。神戸のクラフトビールは、まだ完成していないからこそ面白い。
Paint Palette Brewingのビールは派手に叫ぶタイプではないけれど、一杯飲むと、その奥にある設計や思想がじわっと見えてくる。クラフトビールをよく知っている人にも、これから飲み始める人にも。神戸でクラフトビールを飲む理由が、またひとつ増えた気がしました。
